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2020年04月01日
皆さんには、お気に入りのカフェやお店はありますか?なんとなく落ち着いたり、ワクワクしたり、気持ちが上がる場所ってありませんか?
壁や天井といった大きな部分から、テーブルやイスの形、照明や観葉植物といった細部に至るまで、その空間自体をデザインする仕事があるんです。
今回は130年もの伝統を持つ空間プロデュース企業である「乃村工藝社」にて、
グラフィックデザイナーとして活躍されている萩谷綾香さんにインタビューさせていただきました。
あれ?空間の会社なのに、グラフィックデザイナー?と思った方もいらっしゃると思います。
実は乃村工藝社は、長い歴史を通して、空間デザインだけに留まらず、ジャンルの垣根を越えて、体験に関わる様々なクリエイティブを生み出している会社なんだそうです。
<プロフィール>
萩谷綾香さん
株式会社乃村工藝社 クリエイティブ本部 IVD -Integrated Visual Design- 所属。
武蔵野美術大学 建築学科卒業。1年間のフリーターを経て、同大学の視覚伝達デザイン学科に編入。
卒業後、2017年春に乃村工藝社に新卒入社。
グラフィック・ビジュアルデザインを軸に、場やブランドの世界観づくりを手掛ける。
IVD公式Instagramアカウント:https://www.instagram.com/ivd_official/
古庄:まずは、デザインの世界に興味を持ったきっかけを伺いたいと思います。萩谷さんは、初めに建築学科に進学されたと伺いましたが、最初は空間に関する職を目指していたんですか?
萩谷さん:はい、両親が建築が好きだったことがきっかけで。私がまだ幼い頃、両親が建築家の方に依頼して自分たちの住まう家をつくりました。その様子をそばで見ていて、暮らしのための建築に興味を持ち、中学生のときには完全に“建築家になる!”と決めていました。もちろん両親も応援してくれていたので迷いはなかったです。
古庄:迷うことなく建築学科に進学されたんですね。武蔵野美術大学を選んだということで、そのときから芸術分野に関心はあったのですか?
萩谷さん:はい。元々絵を描いたり、デザインに興味があったのですが、高校3年生の夏くらいまで美術大学に建築学科があることを知らなくて……。
その存在を知ったときにピン!ときて、慌てて美大受験の準備をしました(笑)。
学生時代の課題作品
高校時代のスクラップ
作品をメインに収録したアートブック
古庄:それで、武蔵野美術大学の建築学科に入学されたんですね。そこから、グラフィックデザインに興味を持ったきっかけなどを教えてください。
萩谷さん:大学3年生の時に、学科主催のオープンキャンパスのイベントにて、グラフィックデザインを担当したのがきっかけでした。イベントのロゴマークやDM、ポスター、エリア内の装飾など幅広く携わりました。思い返してみると、現在の仕事内容とすごく近いですね。
古庄:へぇ!それは建築とは、少し畑が違うようなイメージですが…。
萩谷さん:そうですね(笑)。このときに初めてロゴマークというものをデザインしました。
有志のメンバーでデザイン案を持ち寄り、多数決の結果、運よく私の案が採用になって。
はじめてのグラフィックデザイン
武蔵野美術大学建築学科 OPEN CUMPUS2012
古庄:わぁ!すごく素敵なデザインですね!可愛らしさもありながら、入学希望者へ向けた力強さを感じます。初めてのことで、苦労も多かったのでは?
萩谷さん:はい。全てが初めてのことで戸惑ってばかりでした。一方で、建築を設計するときとは全く違った高揚感と充実感があって。この体験から、私がやりたいのは「グラフィックデザインを通して、場の空気感をつくること」なのかも?と思うようになりました。
とはいえ、相変わらず建築への憧れがあったので、卒業まではやりきろうと決心し、残りの学生生活は卒業設計に打ち込みました。就活はせず、ひとまず建築専攻の大学院へ進学する勉強をしていました。
古庄:では、建築学科を卒業してからの進路について教えてください。
萩谷さん:はい。卒業制作を無事やり切った後も、結局、グラフィックデザインへの興味をどうしても断ち切ることが出来ず、やりたいことが学べる大学への編入を考えました。そして親にお願いをして、何とか1度だけ編入試験を受けるチャンスを得ることができました。そこで、アルバイトをしながら、次の年に行われる編入試験に向けての準備を始めました。
古庄:働きながらの受験勉強は大変だったのでは?
萩谷さん:そうですね。これで落ちたらもう後がない!!!と、常に自分を追い詰めていて、精神的につらい期間でした(笑)。
でも、何とか武蔵野美術大学の視覚伝達デザイン学科に合格し、3年次から編入しました。
古庄:おめでとうございます!さすがです!では、視覚伝達デザイン学科での体験を教えてください。
萩谷さん:編入してからはもう、毎日が楽しくて!課題が多くて目まぐるしい日々でしたが、個性的な友人たちから刺激をもらいながら、前のめりで制作に打ち込みました。
自分のやりたいことはグラフィックデザインの中でも特に「ブランディングに関わるデザイン」なのだと繋がったのもこの頃です。“これが学びたかった!!” と感極まって、授業中にこっそり泣いたりしてました(笑)。
古庄:それだけ求めていたことを学べる機会には、なかなか出会えませんものね!わかります。
※注釈
・ブランディング:自社の商品やサービスと他社とを差別化し、消費者や顧客に「その企業ならではのもの」として認識させるための取り組み。
学生時代の課題作品
バナナを使ったお菓子のリブランディング
古庄:では、就活のお話も聞いていきたいと思うのですが……。
いつ頃から就職活動は意識していましたか?
萩谷さん:3年次編入をした当初から、常に意識していたと思います。
美術系の学生は、就活の時にポートフォリオと呼ばれる自分の作品集を作ります。このことも、就活を意識するきっかけでした。
古庄:では、就活のスタートも早かったのでしょうか?
萩谷さん:いえ、始めた時期は皆と変わらないと思います。
当時の一般的な就活スケジュールに則り、3年生の1~2月から徐々に説明会に行き始めて、3月から本格的に就活をスタートしました。
「ブランディングのデザインに関わる仕事がしたい」とは思っていましたが、具体的な業界までは定まっていませんでした。
そのため、はじめから業界は絞らずに、少しでも興味を持った、メーカーとか、印刷会社、出版社、広告制作会社、音楽業界の企業などなど…30~40社くらいはエントリーしました。
古庄:そんなにたくさん受けたんですか!
萩谷さん:はい(笑)。もちろん、場慣れしたいという狙いはありました。
あとは、面接自体をプロに自分の作品を見てもらえるチャンスだと考えていたことも理由の1つです。面接では、最後に自分の作品やポートフォリオに対する感想を聞くようにしていました。
古庄:なるほど!就職活動そのものを肯定的に、自分の技術を向上させる機会と捉えていたんですね!時には、否定的なことを言われたりしなかったですか?
萩谷さん:もちろんショックを受けることはたくさんありました。でもいろんなアドバイスをいただきつつ、全てを真に受けるのではなく、1度咀嚼してみた上で ”自分と合いそうだ” と感じた意見を取り入れるようにしていました。
例えば、面接で ”この作品の雰囲気でこんなものがあったらいいね” と素敵なアイデアをいただいた時には、家に帰ってからすぐに制作を始めて、次の面接でお見せするといったことも行っていました。
就活を通して、自分の作品をアップデートしていく感覚でしたね。
学生時代の課題作品
架空の海の家「SINKIRO」 企画・デザイン
古庄:なるほど、デザイン技術の向上に対する本気度が伺えますね。忙しくて寝る時間もなさそう…。
萩谷さん:そうですね。今振り返って当時の私に”もう少し寝たほうがいいよ”とアドバイスしたいです(笑)。
ただ、就活を進めていくうちに“この会社は違うな”と感じたものは選考に進むことを辞めるなど、徐々に減らして行きました。
古庄:先ほど、初めは業種を絞らずに受けたと伺いましたが、最終的に空間デザインの会社を選んだ理由を教えていただけませんか?
萩谷さん:実は、乃村工藝社は第一志望の会社でした。
以前から、日常のなかで、VIデザインと空間の関係について気にすることが多かったんです。
※注釈
・VIデザイン:VIは “Visual Identity” の略。ロゴマークやブランドカラー等を設定することで、ブランドの持つ想いや個性・魅力を目に見える形で表現し、人々に伝えるためのもの。
古庄:すみません…。もう少し具体的に教えていただけますか?
萩谷さん:例えば、素敵なカフェに立ち寄ったついでに、そこで家族へのお土産を買うとしますよね。家に帰ってからカフェのロゴマークが入った包みを見て、”いい時間だったなぁ”と、余韻に浸ることがあると思うんです。でも手元にあるグラフィックデザインと店舗空間との一体感がないと、そうはいきにくい。
根本となるブランディングからしっかりと組み立て、グラフィックと空間とがより密接に影響しあうことで、体感を通して素敵なお店をより魅力的に印象付けることができると思ったんです。
古庄:なるほど!
萩谷さん:ちょうど就活を始めた頃、大学内を歩いているときに、たまたま乃村工藝社の会社案内を見かけました。その時、空間デザイン会社の中でブランディングに特化したグラフィックデザインをすれば、より空間とグラフィックの距離が縮まって、強いブランドづくりができるのでは?!とひらめいたんです!
古庄:おお!普段から、漠然と感じていたことがここで繋がったと!
萩谷さん:はい。そこで、ディスプレイ業界に勤める方の意見が聞きたいと思ったのですが、なかなかあてがなく……他の学校にいる知人の協力なども得て、なんとか4名の方と会っていただきました。そして私の考えを伝えたら、皆さんの反応から手応えを感じて。
古庄:そこで自信がついて、空間デザイン会社も受け始めたんですね。
萩谷さん:はい。「空間デザインの会社だから…」と臆せず、面接ではグラフィックを軸にしながら場の世界観や体験をつくりたいと伝えました。実技試験や数回の面接を経て、乃村工藝社のデザイナーとして内定をいただくことができました。
古庄:おめでとうございます!臆せずに自分のしたいことを面接官に伝えるなんて、度胸がありますね。聞いていて、鳥肌が立つようなお話でした。
萩谷さん:ありがとうございます(笑)。とはいえ、「空間デザイン」の会社のデザイナーですから、初めから思い描いているような仕事に携わる機会はないだろうと予想していました。虎視眈々と10年くらいかけて、徐々にやりたいことが実現できればと考えていましたね。
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萩谷さんは実際の就職活動を行うまで、長い長〜い道のりがあった方だと感じました。その期間の間、自分のやりたいことは何か?と悩んだり、無意識的にも常にデザインに関してアンテナを広げていたこと、萩谷さんのひたむきな姿勢が、この就職の結果に繋がったのではないか、と感じました。
ここまでのお話で十分満足してしまいそうですが、まだ続きます(笑)。
次の中編(記事はコチラ)は入社後の研修やOJT経験を経て、ひとりのデザイナーとしてデビューするまでの道のりを伺います。
なかなか聞けないデザイン業界のお話も詰まっているので、お楽しみに!
※注釈
・OJT :On the Job Trainingの略で、上司や先輩が、部下や後輩に対して、実際の仕事を通じて指導し、知識、技術などを身に付けさせる教育方法。