【Short Stories】私たちは何のために働くのか。そのとき悟った、それぞれの物語

『どうして働くの?』
『なんの仕事がしたいの?』

一度は、自分や誰かに問いかけたことのある質問ではないでしょうか。
『働く』という言葉は、傍を楽にするという語源からきていて、『仕事』は与えられた役割を的確にこなしていくという意味を持ちます。決められた時間に、決められた場所に行って、決められた作業をこなし、決められた対価を得る。ただ、『働く』と『仕事』は少し別のことを示しています。

『周りのために自分の意志で動く』のか、『自分でできるものを人の意志で動かされる』のか。
では、世の中の人は何のために、そして何を求めて毎日活動しているのでしょう。
時代を過去から遡って、現代までの移り変わりを見てみましょう。

1  佐藤一郎の場合
2  近藤聖也の場合
3  齊藤凜花の場合
4  まとめ

1 佐藤一郎の場合

【年齢】  56歳
【職種】  製造会社の部長
【家族構成】妻、娘(26)、息子(24)

「俺達が新入社員の頃は、ボーナスで車を買ったりしたものだよな」

あと数年で定年を迎える佐藤は、課内の忘年会の席で言いながら、グラスに残る酒を一気にあおった。隣に座る1つ下の男の顔も真っ赤だ。乾杯からすでに3時間、席を移動した若者たちは1つにまとまって盛り上がっている。自由な社風は飲み会にまで生かされているようだ。

「お前、家のローンは終わったんだろう。定年したら、奥さんと海外旅行三昧か?」

男に言われて、苦笑いをする。確かに、金銭的な余裕はある。それは経済的に豊かな生活を目指して必死に働いた賜物だ。子ども2人を大学に通わせ、数年前に就職もできた。だが、仕事で自分の能力を試したいと夢中になればなるほど、家族との時間は削ることになった。

「あいつは自分の付き合いで出来た友達と旅行にばっかり行っているよ」

時々、虚しくなることもある。何のために、誰のために働いてきたのだろう、と。新しい酒を注文しようとした時、若い幹事の男が大きく手を叩いた。

「今日は飲み放題なので、このへんでお開きです!今年もお疲れ様でした」

男が簡単な挨拶をすると、社員達がそそくさと帰る準備を始める。ニ次会もない、呆気ない終わりだ。座敷から靴を履こうと立ち上がると、思ったよりも酒が回っていたようだ。ふわりと視界が揺れて、座敷に手をつこうとする。と、急に肩を掴まれ隣を見上げて驚いた。自分の肩をがっしり抑えたのは、入社1年目の男の子だ。

「大丈夫ですか。うちの父も酔っぱらうと足が立たないんです。東京方面でしたっけ。俺、一緒に電車に乗るんで」

颯爽とした仕草に、釣られて腰に力が入る。背筋を伸ばし、片手を上げる。

「悪いね。歩けるから大丈夫。でも、終電に遅れないようにしよう」

軽く首を突き出すように「ウっす」と頷く彼は、息子と同様に未知の生物のように思えることもある。だが、この距離感も悪くない。きっと、今日も家には家族が待っている。

2 近藤聖也の場合

【年齢】  23歳
【職業】  事務職
【家族構成】 祖父母、両親のいる実家を離れて一人暮らし

都心から1時間ほど離れたベッドタウン。近藤は駅に流れる人ごみに逆らい、自転車をゆっくりと走らせた。新卒で入社して半年が経った。地方の田舎で育った近藤は、東京に憧れて大学入学を機に上京した。4月に入社した会社は全国に6拠点ほど支社があり、本社は東京だったものの、配属されたのは関東近郊の田舎町だった。初めは、都会に住む仲間たちから外れたようで不満もあったが、今ではすっかりとこの場に馴染んだ。まだ淡々とこなせるほど仕事を覚えたわけではないが、朝少しだけ早く来て仕事をすることで、余裕がもてるようになった。コーヒーを買いに廊下の自動販売機へ足を向ける。すると、中庭のプランターに花を植えている職員がいる。昨年定年退職をして再雇用された彼も、いつも朝が早い。目が合ったので会釈をすると、彼は軍手をはずして窓を開けた。

「まだ早いのに、偉いな」

仕事と全く関係のないことで年長者に褒められるとくすぐったくなる。その気持ちを、再びお辞儀だけで隠す。

「すごいっすね、花」

「俺も忙しく働いている時は、中庭なんて見向きもしなかったけど、今はこんな小さなことが大切に思えるよ」

「また、草むしりくらい手伝えますけど」

どこか素直になれないのは仕方ない。だが、前に人事の仕事に追われている中、一度だけ一緒に作業をしたらいい気分転換になった。

「おー、適当に来いよ」

仕事以外の仕事が自分を、そして周りを楽にする。返事の代わりにコーヒーを持った片手を小さく上げて、廊下を歩く。大きく息を吸い込んだ。また慌ただしい日々が始まる。だが、どこかそんな忙しさを楽しめている自分がいる。これがきっと今、自分サイズなのだ。

3 齊藤凜花の場合

【年齢】  21
【職業】  大学生
【家族構成】祖父母、母(離婚)と同居

大学3年が終わろうとしていた。最近では就職活動に備えて、今まで遊んでいた仲間たちが一様に髪の毛を黒染めし始めた。

「私は一人暮らしだから、安定して落ち着いた会社に入りたいの」

そう明確なイメージを持つ友達は、学食のランチセットを綺麗に平らげている。

「由実に合っていると思うよ。私は営業をしたいけど、転勤は絶対嫌かなぁ」

もう1人が隣で続け、凜花に問う。

「凜はどうするの?旅行会社とか?」

迷うことなく、左右に首を振った。まだ茶色に染まっている髪を1つに結ぶ。割り箸を手に、湯気の上がるラーメンの器に唇を寄せた。

「私、就職活動はしないよ。青年海外協力隊で発展途上国に行くつもり」

周りの同級生達が、今月に入って黒いスーツを着ているのを見て、全く心が揺るがなかったわけではない。それでも、海の向こうの国を思うと心が震えた。2人は、驚きを隠せないようだ。かといって、反対するわけでもない。大学に入って初めて参加した海外ボランティアで、貧困の国で生きる子ども達の姿に衝撃を受けた。長期休暇の度に訪れるようになり、ボランティアではなく一定の収入を得て生活する上で、海外派遣が可能なことを知ったのは去年のことだ。

「また新学期にね。春休みに入ったら、私またすぐ参加しちゃうから」

凜花はすぐ食べ終えると、立ち上がる。来月には、一人肌を焼いた自分が教室にいることだろう。だが、決意は揺らがない。来週からの渡航に向けて、凜花は頭の中で必要な物リストを想い浮かべながら、校門へ向かって力強く歩いた。

4 まとめ

時代が変わるにつれて、若者の職業観も常に変化しています。

かつて若者の考えは、①佐藤一郎さんのように『経済的な豊かさ』が主流でした。それが、平成の時代が進むにつれて若者は精神的豊かさを重視するようになっています。

だからこそ②近藤聖也さんの『心地良くできる楽しい仕事』や③齊藤凜花さんの『社会に役立てる意味のある仕事』に目を向けるようになってきているのです。

確かに、『自立』するためには経済的な安定を求める人も多いです。
食べる、住む、遊ぶ、どれも大切ですよね!

ただ、幸せ=経済的な豊かさと決めつけることはできないのではないでしょうか。
みなさんも、まずは自分の心が納得するのはどんな仕事かを考えてみてはいかがでしょう。

「分からない!?」「OBの知り合いなんていない!?」
そんな時は、行政や学校の支援事業を使って、色んな業種の人と話してみてください。会社の大小に関わらず、きっと興味の持てる人や場所に会えるはずですよ。

 

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書いた人:しごとの道しるべ ライター 松元 千春
週4の事務仕事で生計を立てつつ、ライター業で道楽する破天荒型。千葉市に住みながら、千葉県中房総を中心に発行する地域情報紙で、イベント記事やインタビュー記事を制作。著書はサスペンスホラー小説や電子書籍数点。常に分厚い単行本を持ち歩いては友人に驚かれる傾向あり。モットー『笑いは細胞を活性化させる』

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